夜を往け

すっかり蒸し暑くなってきましたね。ビールのおいしい季節になりました。みなさん,いかがお過ごしですか?
こんにちは。橘 右近【たちばな・うこん】です。
「お久しぶりです」の方も「はじめまして」の方もいらっしゃると思いますが,後者のためにねんのため自己紹介を。
橘 右近というのはもちろん本名じゃありません。
【右近の橘】からとったPNです。
ん,PN? と思ったあなた。そう,あなたです。鋭いですね。お察しの通り,私は文字書きです。……と,言ってもそれで食ってるわけじゃありません。
とあるミステリー愛好会の機関紙にほそぼそとミステリーみたいなものを書き散らかしてます。
年齢は22歳。職業 調香師。酒とタバコはもちろん,香水も化粧もご法度なのが悩みの種。
ここまできて,ようやく本題なんですが,上記のとあるミステリー愛好会の機関紙の今回のテーマが「夏はやっぱりビールがうまい!! お酒にまつわるミステリー」なんです。
しかし!! 基本的に飲まない人間が(飲めない,のではないのがPOINT。実はお酒大好きです)お酒に関する話が書けるでしょうか!?
むろん,我らが親愛なる会長様は私の異論などものともしなかったのですが。

……タバコの匂いがする。
「タバコ吸うならベランダ出てって言ったでしょ!!」
ドアの向こうに怒鳴る。
調香師の敏感な鼻をなんだと思ってるのかしら,まったく(怒)
これも説明しないとね。
ドアの向こうにいるのはあたしのカレ? に見えるんだろうか。名前は保地 笙悟【ほち しょうご】。25歳。PNはぽち。
私と同じくミステリー愛好会の会員で,職場も同じ。あたしは調香師で向こうは営業っていう違いはあるんだけど。
和風の男前で,性格はクールでニヒルに見えるよう心がけているようだが,以外にHOTなやつ。
ほかの人間はそんなこと気づいてもないんだろうけどね。
現在,なしくずし,なすがまま,後の祭的に半同棲中。

あたしは新しいレシピ(香水でもレシピっていうんだよ)を作るのを諦めて,仕事部屋から出た。
だってね,タバコの匂いでバカになった鼻でいくら調香しても無駄なんだよ。
「ねえ,今度の企画原稿何書くの?」
ぽちに聞いたら返事は冷笑が返ってきた。
ネタ握ってるよ,こいつ。
「いいよね,飲める人は。ネタなんかいくらでも沸いてくるんでしょ」
「ワクのクセに」
やつあたりに近いあたしの言葉を,ぽちは一言で切って捨ててくれる。
そうそう,ワクっていうのはザルより飲む人のこと。ザルは網目にほんのちょっと酒が残るけどワクはその網目さえないって意味。
「悪かったわよ。飲めるわよ,どうせ。でも普段は飲めないんだからしょうがないじゃない」
アルコールも嗅覚を鈍らせるから,仕事の前日には絶対飲めないの。
「でも,1週間休みなんだろ。今から飲んで考えれば?」
そう。この間つくったアストロシリーズ12種の売れ行きが絶好調なのであたしは1週間のボーナス休暇をいただいた。
なので,飲もうと思えばいくらでも飲めるんだけど……
「だからって,飲んで思いつくとは思えないんだもん」
かわいこぶって口尖らせてみる。
ぽちはあたしの髪をぐしゃぐしゃっとかきまぜて冷蔵庫からエ○スビールを2本出してきた。
1本をあたしにくれて自分の分のプルトップぷしっ,と引き上げて一気に半分くらい飲み干した。
「これって何色?」
そりゃ金色でしょ?
「たとえばだ,純金の塊を薄く延ばして缶を……」
「それは××××(ネタバレにつき自主規制)でしょ!!!」
さては,飲みたかっただけか?
実はぽちも営業成績6ヶ月連続トップだったので(どんな顔して営業してるのかとっても不思議),1週間の休暇をもらっている。ふとっぱらな会社だよね。
諦めてあたしも飲むことにして,缶ビールのプルタブを引き上げる。
「たとえば,デカンタにワインが入ってたとするよね」
脈絡もなく喋り出したあたしの顔をぽちはいつものことって顔で見てる。
「5人……探偵もいるから7人にしようか。7人の人間が同じデカンタからワインを飲んでたった1人だけが毒殺されました。っていうのはミステリーになるよね?」
「前提条件は?」
さめた声で聞いてくる。だからヤなんだよ,こいつに話すの。人の渾身のトリックあっという間に見破ってくれるんだもん。
「毒物は確実にワインに仕込まれてあったものとする。また,4・5杯飲んで倒れたので,グラスに入って居たのでもない。どう?」
伺うように見たあたしにぽちはにやり,と笑って見せた。
「デカンタの形状は? 主に注ぎ口の部分」
うわ〜,もうバレてるよ。
「デカンタは注ぎ口が花形になった見た目重視のタイプ」
「花びらの1枚,取っ手に近いところに毒を塗ったんだな。取っ手に近い部分なら,そこから注ぐことはないだろ。ころあいを見て犯人がそこからワインを注いだんだろ」
大正解。なんで,アレだけの説明でわかるかな? 他のトリック考えなきゃ。
ようはお酒が出てくればいいんだから飲み会とかパーティーで人が死ねばいいのね。
〆切まで2週間あるし。なんとかなるか。

翌日(っていうか夜だけど),あたしたちはとある女流作家の先生にご招待されてた。
なんでか,っていうとその女流作家のセンセがあたしの作った香水(アストロシリーズ ピスケス)をいたく気に入ってくださり,売り込んだぽちと作者のあたしとゆっくりお話したい,ということなのだ。
で,作品の中でウチの香水名を出していただくと,とても売上に貢献するので嫌も応もないわけだ。
でも,あたしは香水じゃなくてぽちが気に入ったんだと密かに思ってる。何しろ老若問わず女性の視線を集めまくる人間だから。
で,とある先生―――面倒だから名前を出してしまおう。その先生は遠山さくら先生。耽美チックな推理小説家―――は,あたしたち2人を見たとたん「まるでいけない恋人同士のようね」と,のたまった。
ようするに,男同士の恋人のようだ,と言いたいわけだ。
まあね,あたしの格好も一役買ってるのは間違いないよ。なにしろスーツにネクタイだから。
もともと男か女かわかりにくい顔だし,身体の凹凸は少ないし,声も低いけどさ。あと背が高かったら完璧よね。だから,別にいいんだけどさ。
さくら先生は逆に女の匂い(あるなら,の話よ)っていうのを発散してるような人間だった。
48とは思えないぐらいの派手なドレス(あ,いい忘れてたけど,フランス料理のフルコースをご馳走になったの)に,これでもか! ってくらい光物をぶらさげて,鼻がまがるほど(主観の話。ちょっとつけすぎてもあたしの鼻はまがる)ピスケスを振りかけてた。
横にいるのは付き人かと思ってたら,どうやら,旦那らしい。
影の薄い旦那だこと。あごで使われてるよ。
「いらないわ」
サラダのドレッシングを断ってどうするんだろう。
「普通のドレッシングなんて,まずくって。―――あなた」
旦那がかばんから取り出したのはなんと,ドレッシング!!
おいおい,持ち歩くのはともかく亭主に持たすなよそんなもん。
「ワタクシ自家製のドレッシングしか食べられませんのよ。すっかり舌が肥えてしまって」
やっぱりこのおばさん嫌い。と,思ってぽちを見たら同じような顔してた。

そのあとセンセ行きつけのパブへ。
真剣に行きたくなかったのだが,宮仕えの辛いところ。お客様は神様です。ご要望にはお応えしないといけません。
なにがうれしくってこんな匂いのこもったところに……。鼻がまがるうぅ(大泣)
あたし,スプモーニ。ぽち,ジンライム(車の癖に。おまわりさん呼んじゃうよ)。センセ,カルーアミルク。遠山氏,ウーロン茶。をそれぞれ注文。
社会人のお約束でとりあえず乾杯。
一口,口をつけたところで突然,センセがグラスを取り落とした。
手が震えてる……じゃなくて,全身,痙攣してるよ!
とにかく,救急車!!

―――救急車は間に合わなかった。
センセはテトロドトキシンによる中毒死と判断された。

テトロドトキシンっていうのはいわゆるふぐ毒のこと。
致死量は体重60キロの人で約2ミリグラム。神経の刺激伝達を遮断して全身の運動障害,意識障害を引き起こす。
服毒して中毒死するまでの時間がけっこう長く,2時間から10時間。ただし,30分以内にしびれなどの症状が出始めたら,まず,助からない。
たしか,水に溶けないから実験なんかで溶かすときは酢酸水で割るんじゃなかったっけ?(ごめんなさい,このへん,うろ覚えです)。

死因に不審な点があるとのことで,あたしたちが事情聴取から解放されたのは午前4時だった。
睡眠不足も嗅覚に悪いのよ。けーさつなんてだいっきらい!!
「でも,変ね。ふぐなんて食べてないのに」
って,ぽちに呟いたときだった。
「そう,それがおかしいんですよ」
後ろから声がした。
いや〜な予感がして振り返ると,あたしを事情聴取したおっちゃん……もとい,刑事さん。
見事に突き出た太鼓腹の上にのっかった柔和な顔はまるでえびすさんのようだ。
「いえ,今,連絡が入りましてね,被害者の飲んだカルーアミルクからテトロドトキシンが発見されたんですわ」
「変,ですね」
おもわず口にしてしまって,しまった! と思ったけど,もう遅い。一般人はテトロドトキシンが何かなんて知らないし,遅効性だなんてことはもっと知らないんだよ。
「よく,ご存知ですね」
にこにこにっこり。でも,目ぇ,笑ってないぞ,おっさん。
「参考人として,お話をもう一度お聞かせ願えますかな,お嬢さん」
でた! 任意同行依頼。
「拒否権はあるんですよね?」
負けずに笑って言ってやる。
「現在時刻,ご存知ですよね? 申し訳ないんですが,私,今,とても眠いんです。……えぇ,もちろん,市民の義務はわかってます。ただ日を改めていただきたいんです」
「その間に,証拠の隠滅を謀りますか?」
ムカ。あたしは犯人じゃないぞ。
「彼女を犯人扱いしたいなら,逮捕令状をどうぞ,刑事さん」
助け舟が出たのでそっちを見ると,ぽちも負けずに笑ってた。
でも,この笑いは……。あ〜あ,怒らせちゃった。知〜らないっと。
「無礼な人間には協力したくありませんね。右近,帰るぞ」
ぽちに無理やり手を引かれてあたしはその刑事さんの前を後にした。……が,むろんのこと,パブからは出してもらえなかった。
犯人だから逃げるんだろうなんて言われたら,あたしじゃなくても怒るよね。

繰り返しあたしが話したこと。
1.テトロドトキシンが混入されたカルーアミルクのグラスにはセンセが倒れるまで,バーテンとセンセしかさわってない。
2.センセの右隣に座ってたのがあたし。左隣がぽち。ぽちの向こうが遠山氏。
3.直近で食べたのはフランス料理のフルコース。
おんなじことばかり言わされてあたしもいいかげんうんざりだわ。
「ねぇ,刑事さん。犯人あたしが指摘したら解放してもらえます?」
ためしにそんな提案をしてみる。
「素人さんが出来もしないことを言っちゃいけませんよ」
太鼓腹の刑事さんがそんな風に却下する。
余談だけど,この刑事さん,役割分担としてはカツ丼を持ってくる人らしい。
部屋にはもう1人,痩せた刑事さんも居て,あたしはさっきからこいつに怒鳴られつづけてる。
これ,3日も続けてやられたらやってなくてもやったって言いそうになるよな。
何か言うたびに「嘘をつけ!!」ってテーブルバンバン叩かれたら気の小さい娘なら泣いてるよ。
「カルーアミルクにテトロドトキシンが入ってたなんて思ってないんでしょ,いくらなんでも」
ギョッとしたような顔であたしを見る二人の刑事。
さてはカルーアの中に入ってたので毒殺されたと思ってたな。
あたしがある2点を指摘し,さらにあることを教えると刑事さんはあたしを解放してくれた。

「おつかれさん」
刑事さんに怒って見せたのはなんだったのか。あいかわらずさらっと言われてちょっとムッとしてみたり。
「帰って寝ますか,お姫様」
もちろんあたしに異論のあろうはずはない。
あ〜あ。もう,お昼がこようとしてるよ。

さてさて,あたしが刑事さんに指摘したこと,3つありますけど,そのことがわかると犯人もわかります。
っていうか,犯人は遠山氏。これ読んでる人にはは登場人物を見ればわかりますよね。
では,あたしが指摘したことって言うのは?

「よくわかったな,えらいえらい」
小さな子供に言うみたいに言われて,あまつさえ髪までくしゃくしゃにかき混ぜられて,馬鹿にしてんのか!? とも思ったけど,不覚にもうれしかった。
でも,ちょっと待って。その言い方って全部わかってたの?
胸倉掴んで問い詰めてやりたいのは山々だけど,ぽちは運転中なので諦めた。寝てないのは同じだし。
「ネタ,できたろ? だいたい,テトロドトキシンを倒れる寸前に服毒した,思うのがそもそもマヌケなんだよ」
そう,テトロドトキシンは遅れて効く毒。服毒して倒れるまでに1時間から10時間。
わかってんなら早く教えてやれば良かったのに。
「オレ,警察嫌い」
この口を尖らせた顔,ファンの皆さんに見せてやりたいわ。
「もっと言うなら遠山氏もマヌケ。よりにもよってカルーアミルクに入れてたように見せかけるなんてマヌケもいいトコだろ」
そう,言い忘れてたけどカルーアミルクってのはコーヒーリキュールと牛乳を混ぜたカクテル。みんな知ってるよね。
テトロドトキシンって言う毒は,水に溶けないから酢酸水なんかで割ってやらないといけないんだけど,酸っぱい牛乳を誰が飲むでしょう?
じゃぁ,センセが飲み食いした酸っぱいものは? そう,サラダのドレッシング。自家製のドレッシングをわざわざ亭主に出させてたよね。
テトロドトキシンはそこに入ってたの。
ここまでいったら後はマヌケな警察でも何とかするでしょ。

え? あたしとぽちの関係? まだキヨイ仲よ(笑)
好きとも嫌いとも返事してないもの,あたし。
ホント言うとまだ,あたし,決め兼ねてる。
好きなんだと思う。一緒に居るのは楽しいし,肩肘張らなくていいぶんとてもらくだし。
でも,兄のことをいつまでも忘れられないまま,なしくずしにお付き合いしてしまうのは,とても悪いことだと思うし,あたしがガマンできない。
こんなわがまま娘のどこがいいんだか。他にイイ女はいくらでもいるのにね。

ツヅク

 

非常に,申し訳ない。
相変わらず,ミステリ風味で終わってしまいました。
さてさて,右近とぽちの中はそう簡単に進展しません。先月の右近のトラウマを乗り越えないといけないしね。
来月は多少進展するかも……?

 

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