WITH

旅をすること自体おりようとは思わない
手帳にはいつも旅立ちとメモしてある
けれど
with・・・そのあとへ君の名を綴っていいか
with・・・淋しさと虚しさと疑いとのかわりに
with・・・そのあとへ君の名を綴っていいか
with・・・淋しさと虚しさと疑いとのかわりに
with・・・

みなさん,こんにちは。
橘 右近です。
まずはお約束のように自己紹介から。
本名 桜葉あかり。22歳・・・っと,誕生日過ぎちゃったから23歳。
職業 調香師。
とあるミステリサークルの会員で,毎月の企画原稿にひーひー言ってる毎日。
ちなみに,9月のお題は「秋は演奏会の季節です。音楽にちなんだミステリ」
音楽って言ってもね〜。嫌いじゃないけど,あたし,テレビ見ないから,最近のはやりすたりにはうといし,仕事してるときのBGMにクラッシックとか,イージーリスニングはよくかけてるけど・・・。
だいたい,演奏会って嫌いなの,あたし。
人が集まるところ全般がダメなんだけど。だって,臭いし。
人間には体臭ってものがあってね,普通の人がわからなくても,調香師の敏感なお鼻は嗅ぎ当てててくれちゃうのよ。だから,人が集まるところに出かけたら頭いたくなっちゃうの。
こんなあたしに,どんな音楽話を書けって言うのかしら,まったく。

『曲を聴くならピアノ曲がいい。思いきりリリカルなやつ。
 じっくりきいたら,泣きたくなるような悲しい曲がいい。そう,エリック・サティとかの悲しいやつ』
そこまでキーボードを叩いて,はた,と手が止まる。
やっぱり,書けない(泣)
音楽的素養0なんだもん。どうしようもないよ。
・・・っと思ったら,あたしのPCデスクの横のテーブルにノートパソコン広げてたぽちが頭抱えてうなってた。
いたよ,ここに。あたしより音楽的素養ないやつが。

紹介しとかなくちゃね。これはあたしの同居人で,本名 保知笙悟。25歳。
同じサークルの会員でPNはぽち。
仕事はあたしと同じ化粧品会社で営業やってるサラリーマン。
純和風な男前で,ぱっと見はcool。ホントのところは熱血漢。
あたしのコイビト。

「8月原稿にLentoってあったよな? あれって,音楽用語だっけ?」
現実逃避に走ってるぞ。しかも,中学レベルの音楽用語だ。
「”緩やかに”って意味の速度標語だよ。イタリア語だったかな? ほかにもadagioとかあるよ」
知ってるように言ってるけど,あたしの知識もこんなもの。
「別に音楽用語にこだわらなくてもいいんじゃないの?」
音楽にもいろいろあるし。
「たとえばね,『カルメン』って,知ってるよね。オペラだからそれを題材にした話でも音楽にちなんだ話になるよね」
ぽちはまだよくわかってないような顔してる。
「だからね,情熱的なジプシー女カルメンと純情な兵士ドン・ホセが出会ったところから始まるのがオペラなの。森の中でジプシーの美女がナイフで胸を一突きにされたところからはじめれば,ミステリーでしょ」
「その手があったか」
あ,しまった。いらんこと言わんと自分で書くんだった。
「そのネタもらい」
やっぱり〜(泣)あたしだって,ネタに困ってるんだよ。

ネタに詰まったあたしに救いの神が現れたのはこの2日後のことだった。

相変わらずパソコンの前で頭抱えてるあたしの横でぽちは軽快にキーボードを叩きつづけている。
もとはあたしのネタだったのに・・・・。
え? 同じネタで書けばいいのにって?
ダメダメ,あたしとぽちじゃ文章力も脳みそも違うもの。
がちがちの本格路線と,ティーンズ小説風の軽い文章じゃどうしたってこっちが見劣りするから絶対おんなじネタは書けないの。
そんなこと考えてたら,キーボードの横に置いてあったケータイがJRA東京のG1ファンファーレを奏でる。
『あかりちゃん?』
相手は高校のときの同級生で水城香代ちゃん。たしか,今,ピアニストになってるはず。
「どうしたの? 珍しい」
『相談に乗って欲しいことがあるの』

結局,明日,ぽちと2人で香代ちゃんのうちへお邪魔することになった。

香代ちゃんちへ着くと,グランドピアノのある部屋へ通された。
彼女が出してきたのは1組の手書きの楽譜。タイトルは『Ring』
あ,ぽちがやな顔してる。
「この楽譜,私の兄弟子が書いたものなの。これをもらってから,彼に避けられてる気がして・・・」
それは,あたしたちのタッチできる問題じゃないと思うんですが。
「違うの。この楽譜に謎があるの。彼は解いてごらん,って言って,私にこれをくれたの。弾いてごらん,じゃないのよ」
たしかに,楽譜を解くとは言わないね。
「一度,弾いてみてくれる?」
あたしの要請に香代ちゃんはグランドピアノの前に座り,兄弟子が書いたという曲を弾き始めた。

ゆったりと静かに始まった曲は突然に速くなり,そして再びもとのゆっくりなテンポになって,さらに遅くなって終わった。
なんだかヘンな曲。ちぐはぐな印象の曲だった。
「どう?」
どう? って聞かれても,音楽には疎いんだってば。
「いい曲なのよ。でも,本来ならゆったり演奏すべきところで,速度を速めたり,テンポを揺らすべきところで正確な拍子でっていう指示があったりするの。それに,普通,楽譜に速度標語や曲想標語を記入するときはイタリア語ならイタリア語で統一するのにこれはドイツ語やフランス語の標語も入ってるの」
そうなんですか? よくわかりませんが。
「じゃぁ,その標語に意味があるんじゃない?」
ぽちのコトバに使われてる標語を書き出してみた。
adagioが1回,in tempoが3回,schnellが1回,Tempo Iが1回,expressifが1回,largoが1回。
って,書いたって訳わかんないでしょ。
「香代ちゃん,どういう意味か説明して。意味があるかもしれないし」
adagio【アダージオ】は静かにとか,遅くって意味。速度標語よ。ここに出てきてるのほとんど速度標語だわin tempo【インテンポ】は正確な拍子で」

shnell【シュネル】速く,快速に
Tempo I【テンポプリモ】最初の速さで
expressif【エクスプレシフ】表情豊かに(これのみ曲想標語)
largo【ラルゴ】非常にゆっくりとした速度で

「ドイツ語とかイタリア語とか言ってたよね?」
「shnellがドイツ語で,expressifがフランス語。あとは全部イタリア語よ」
意味でも言語でもないみたい。
楽譜をぼんやりみてたあたしは一番最後のところにUrtextって書いてあるのを見つけた。
「ねぇ,これは何?」
「これも,へんなことのひとつよ。原典版って意味で,作曲者が書いた譜面の通りに出版された楽譜のことなんだけど,この楽譜は出版物じゃなくて,手書きの楽譜なんだから,こんな断り書きを入れる必要ないのよ」
この楽譜がへんなのはよくわかったけど,たんに兄弟子って人が作曲の初心者なんじゃないの?
「そんなことないわ! だって・・・」
香代ちゃんが教えてくれた名前はあたしでも知ってるくらい有名な若手作曲家だった。
「だったらこんな初歩的なミスするわけないか」
「標語の順番じゃないのか?」
いままで黙ってたぽちがぽつん,と言った。
順番通り書き出してみよう。
アダージオ,インテンポ,シュネル,インテンポ,テンポプリモ,エクスプレシフ,インテンポ,ラルゴ,それからあやしいのがurtext。
わっかんないなー。こんなのに意味なんかないよ。賭けてもいい。
「何を賭ける?」
にやっ,と笑ってぽちが言った。
「・・・・・・」
あたしの耳に囁きを落としてくれる。
「バカ」
顔が熱い。赤くなってる気がする。

さて,賢明な読者諸氏にはそろそろ応えが判ってきたかもしれません。
楽譜は確かに暗号でした。
音については考える必要ありません。また,音楽の知識も素養も必要ありません。
今までの部分を読むと応えは出てきます。
さて,暗号の応えは?

 

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