孤独の肖像

みんな独りぼっち 海の底にいるみたい
だから誰かどうぞ上手な嘘をついて
いつも僕がそばにいるよ
夢のようにささやいて
それであたし多分 少しだけ眠れる

プロローグ

みなさん,こんにちは。橘右近です。
はじめましての方のためにねんのため自己紹介をしておきます。
本名,桜葉あかり。22歳。職業,調香師。
とあるミステリーサークルの会員で毎月の企画原稿にひーひー言わされてます。
ちなみに,今月のお題は「夏がくれば思い出す。思い出にちなんだミステリー」です。
それから今,あたしの隣に座ってビール飲んでる人間のこともお話しておきます。
名前は保地笙悟。年齢25歳。同じミステリーサークルの会員で,PNはぽち。職場は同じ。でも,職種はこちらは営業。なかなか有能なリーマンらしい。
和風の男前な顔立ちも営業成績に貢献してると思う。
性格は意外にHOT。外からはクールに見えるらしいけど。

閑話休題


SIDE A

遠くのほうで電話がなってる。
出なきゃいけない,とは思うんだけど,身体が動いてくれない。
あ,切れた。……違う。出たのか。
もっと遠くのほうから切れ切れの声が聞こえてくる。
「あかり」
ドアの向こうで笙悟が手招きしてる。
「会長が企画原稿出てないのお前だけだって」
「書かない」
反射的に応えてしまって,いけない,と思ったけど,もう遅い。
1瞬,嫌な顔して笙悟はドアの陰に消えていった。
ダメだよ,ちゃんと人間に戻らなきゃ。これじゃただのゾンビだよ,右近さん。
叱咤してみても,そう簡単に這い上がれるほど浅いところたゆたってるわけじゃないから,どうしようもないね。
このままじゃダメだとは思う。8月に入ってからずっとこんな状態で,笙悟のこと怒らせてばかりだし。
「あかり」
も一度呼ばれた。
あたしは顔だけそちらへ向ける。
笙悟がこちらへ歩いてくるところだった。
どすん! って音がしそうな勢いで2人がけのソファーのあたしの横へ座る。
後ろ髪を思いきりひっぱられた。
痛いって抗議しようとして,すごく真剣な目にぶつかった。
「えーかげんにせー。言いたいことがあるなら言えよ。うじうじうじうじうっとーしー」
酷いこと言われてる気がするんだけど,それもなんだか夢の中のことみたいで,あんまり現実感がない。
「こっちを見ろよ。俺の話,聞こえてるか?」
今度は頭を両手で挟まれて,無理やり横を向かされる。笙悟,最近乱暴だよね。
「行かなきゃ」
何故だか口からそんな言葉が滑り出た。
「どこへ?」
そうだ,お墓参りに行かないと。兄さんが待ってる。
ふらっ,と立ち上がって,ドアのほうに歩こうとしたら,右手を掴まれて,強い力で引き戻された。
あたしはそのままバランスを崩して笙悟の膝に逆戻り。
膝に抱えられて,あたしはもう,立ち上がれない。
「あかり」
笙悟があたしを呼んでる。
言いたいこと,あるんだろうに馬鹿みたいにあたしの名前だけ繰り返してる。
ゴメンね,もう少ししたらちゃんと人間に戻るから,今はもう少しこのままでいさせて。

ひかるという名の兄がいました。私より5つ上で,優しく頭のいい兄は私の理想でした。
10年前の8月19日,歩道に飛び出したあたしを庇ってトラックにはねられました。
近くの盲人用信号からとおりゃんせが調子外れに流れていました。
その時から,あたしの脳の神経回路は「思い出」というととおりゃんせと紅い色に直結して,なにも考えることはできない。


SIDE B

俺の座ってるすぐ近くで電話がなった。
ここはあかりの家で,しがない居候の俺に電話に出る権利はない。
あかりのいる隣の部屋にも電話の子機があるはずだから,そのうち主が出るだろう。
……出やがらない。15コールぐらい自分で数えて,ナンバーディスプレイを見たら,知ったナンバーだった。
2人で参加してるミステリーサークルの会長。
こいつなら俺が出ても何も言わんだろう,と思い受話器を持ち上げる。
『橘だけ今月の原稿が出てないんだが,なんか聞いてるか?』
前置きも何にもなく,俺が電話取った瞬間にそう,まくし立てる。
毎回思うんだが,まったくサークルに関係ない人間が出たらどうするつもりなんだ,この男は。
とりあえず回線を保留にして,あかりのいる部屋に行く。
名前を呼んで,手招きしても,うつろな視線が返ってくるだけだ。
こいつは1週間くらい前……8月に入ってからか,ずっとおかしい。
反応が鈍い,と思っていたらこんな風にうつろな目をしてぼんやり膝を抱えて座ってることが多くなった。
原稿が出てないことを伝えたら,さっと顔色が変わった。
「書かない」
珍しく打てば響くように答えが返ってきたが,その答えが気に入らん。
ふだんのこいつなら書かないなんてことは口が裂けても言わない。
たとえ,どんなに仕事が忙しくても,寝る間を削ってでも書く。こいつはそういう女だ。
言いたいことは山ほどあるが,いつまでも回線を保留にしておく訳にもいかないので,俺はとりあえず電話のところに戻った。
今回,書けないことを伝えると会長はなにやらぶちぶち言っていたが,俺は気にせず電話をぶち切った。
あかりのところへ戻る。
視線だけこちらへ向けてあかりは何も言わない。その顔には何の表情も浮かんではいない。
何故か,なんてとっくに気づいている。
10年前に死んだこいつの兄貴のせい。いつまでもこいつは兄貴のことを忘れない。
いつまでだろうが待つつもりはある。でも、死人には−−−思い出には勝てない。
俺はあかりの座るソファーに座った。
相変わらず反応がない。多少むかついたので,赤茶色の短く切った後ろ髪を引いた。
それでもあかりは無感動な目をこちらに向けるだけだ。
「えーかげんにせー。言いたいことがあるなら言えよ。うじうじうじうじうっとーしー」
怒らせることを期待して,キツイ言い方をしても,あかりの耳を素通りしていく。
俺はあかりの頭を両手で掴んで,無理矢理にこちらを向けさせた。
俺の両手の中にすっぽりはまってしまいそうな小さな頭。この中には俺のことなんか入ってない。これっぽっちも。
「こっちを見ろよ。俺の話,聞こえてるか?」
どうせ何も聞いてやしない。今は兄貴のことでいっぱいいっぱいなんだろう。
「行かなきゃ」
そう,あかりが呟いた。
どこへ? と言う俺の問いに返事もせずにふら,と立ち上がり,ドアの方へ行こうとするのを右手を掴んで無理矢理引きずり戻す。
バランスを崩して俺の膝に倒れたのを,キツク抱きしめた。
あかり,こんなのはおまえじゃない。
俺のものになれなんて言わない。兄貴のことを忘れろとも言わない。
いつものあかりに戻ってくれ。
俺にはただ,名を呼び続けることしかできなかった。

SIDE A

絶不調だった体調も,精神状態もどうにか不調程度まで這い上がった。
毎年8月はダメだ。
普段は全く意識してないつもりなのに,この月になるとあたしの頭は10年前の今頃に戻っていく。
何度も何度も反芻して,1つのシーンを思い出していたら,おかしなことを思い出した。
あの時の信号は青だった。
だったら何で,トラックは突っ込んできたんだろう?
あのトラックはブレーキを踏まなかったような気もする。
笙悟に話してみようか?
でも,最近の笙悟は怖い。
あたしのせいなんだろうとは思う。あたしがいつまでたっても兄さんのことを忘れないから。でも,忘れられないものは仕方ないよね。

結局,あたしは気になって仕方のない,10年前のことを話してみた。
案の定,いやな顔をされた。
「女々しいぞ」
女なんだからしょうがないじゃない。
笙悟は大きなため息を一つ。
「聞かない方がいいこともあるぞ」
おかしな言い方。でも,あたしは知りたい。
知らないと,忘れられない。笙悟を好きになれない。
じっと目を見つめたら,笙悟は大きな溜息をもうひとつ。
「お前は,兄さんが死んだことを認めたくないだけだ。自分のせいで死んだって思いたくない」
なんだか笙悟の声が遠くなった気がする。
聞いちゃいけないって,頭の中で声がする。
聞きたくないって,あたしが言うより先に,すごく嫌そうな顔で,笙悟は言葉を続ける。
「だから,本当は赤だった信号を,青だったと,記憶をすりかえてる。ブレーキを踏んだ瞬間の映像を記憶から削除してる」
「そんなこと……」
「あるんだ。お前の兄さんが,死んだとき,警察が調べなかったはずはないだろう。それで事故という結論が出てるんだ。殺人なんかであるはずがないんだ」
笙悟の声が遠く,近く,行ったり来たりする。多分あたしが聞きたくないからなんだろう。
「いいかげんに自覚しろよ。お前のせいで,お前の兄さんは死んだんだ」
その声だけ,やけに大きく響いた。
あたしは,何も言えなかった。
言おうとしてた言葉も喉の奥で凍り付いて出てこない。
あたしはただ,目を見開いて,笙悟を見てることしか出来ない。
目元が潤んでくるのが分かった。
こんなことで涙なんか見せたくない。絶対に!
あたしは笙悟に背中を向けて,玄関へ走る。
走りながら涙があふれてくるのが嫌だった。
玄関で鍵を開けてるうちに,笙悟に追いつかれて左手を掴まれた。
「あかり!」
呼ばれても,今,顔を向けられない。
あたしは玄関のドアをぼやけた視界でずっと見てる。
笙悟に腕を引かれた。
それでもドアを見てたら,今度は肩ごと掴まれて笙悟のほうを向かされた。
笙悟はあたしの顔を見て,びっくりしたような顔をした。
急にあたしは抱きしめられた,と思ったら,キス,されてた。
噛み付くみたいに強引に。
「言い過ぎた」
唇を離してそう言った。
うん,わかってるよ。そこまで言わせてしまったのはあたしだもんね。
ちゃんと,自覚してたよ,ホントはあたし。どうしても認められなかっただけ。
だって,あたし,兄さんのこと,本当に好きだったから。
だから,いいんだよ。そんな悲しそうな顔しなくても。笙悟のおかげで踏ん切りがついたんだから。
……でも,しばらくは教えてやらない。
あたしのファーストキスを許可もなく持ってったんだから。そのぐらいの罰は受けてもらうわ。

SIDE B

どうやら,あかりの精神状態も少しはマシになったらしい。
話し掛ければ返事をするようになった。
本調子じゃないのは解ってる。こいつは食事をしてない。
8月に入って,こいつは長期休暇を取ってるから,昼間どうしてるかは知らない。
でも,食べてるとは思えない。
俺と一緒にいる間も,固形物を何一つ口にしない。
酒とコーヒーとタバコ,あと点滴だけで生きてるんじゃないかと思う。
「あの,事故のときにね」
不意に,あかりがそう言った。
イヤな予感がした。今まであかりが自分からその話をしたことはほとんどない。
「どうして,あのトラック,赤信号で突っ込んできたのかな? ブレーキも踏まなかったし……兄さん,殺されたんじゃないのかな?」
怖いことを平気で言ってる。
そんなことは絶対にない。日本の警察はそこまで馬鹿じゃない。
「聞かないほうがいい」
何より俺が言いたくない。
叩いたらこぼれて落ちそうな,色素の薄い大きな目がじっと俺を見る。
この目に弱いんだ。今にも泣き出しそうな目。
「お前は,兄さんが死んだことを認めたくないだけだ。自分のせいで死んだって思いたくない」
これ以上,言いたくないのに,口がかってに言葉を紡いでいく。
「だから,本当は赤だった信号を,青だったと,記憶をすりかえてる。ブレーキを踏んだ瞬間の映像を記憶から削除してる」
「そんなこと……」
「あるんだ。お前の兄さんが,死んだとき,警察が調べなかったはずはないだろう。それで事故という結論が出てるんだ。殺人なんかであるはずがないんだ」
あかりの顔からどんどん色がなくなっていく。
「いいかげんに自覚しろよ。お前のせいで,お前の兄さんは死んだんだ」
言っちまった。これだけは言わずにいようと思ってたが……。
あかりは何か言おうと開きかけた口をそのままに,凍りついた。
大きな目がさらに大きく見開かれる。
瞳が瞬いた。まずい,泣かせた。
そう,思った瞬間,あかりはソファーから立ちあがって,俺に背を向けて,玄関に向かって走った。
玄関口で鍵をがちゃがちゃやってる所で追いついて,左手を掴んだ。
「あかり」
名前を呼んで,掴んだ手を引いたが,振り向きもしない。
理性が焼き切れてしまいそうだ。
肩を掴んで,無理やりこちらを向かせる。
あかりは泣いていた。声も立てずに,瞬きもせずに。
ただ,涙だけが白皙の頬を伝い落ちている。
俺は無理やりに,あかりの肩を引き寄せて,キスをした。
あかりはびっくりしたような目で俺を見ている。
「言いすぎた」
それ以上,あかりの顔を見ていられなくて,小さな頭を抱いた。
俺の腕の中で,あかりは少し,笑ったようだった。


エピローグ

お墓参りに言って来た。笙悟と2人で。
なんだか少し泣けた。
笙悟に肩を抱かれたから,そのまま,広い肩にもたれてみる。
このまま笙悟のこと,好きになってもいいのかな?
まだ,壊れてるけど,それでもいいのかな?
笙悟には悪いけど,返事はもう少し待ってもらおう。
もう少し,あたしが落ちつくまで。

Fin

 

いかれ帽子屋@管理人おの独り言
いや〜,ミステリにならんかったヽ('ー`)/オテアゲー
しかも,えらい壊れてます。思い出というとこの話をしないわけには行かなかった(泣)
がんばれ,ぽち。君の天下はもうすぐそこだ!

 

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