第4回 福本和也『謎の巨人機(ジャンボ)』

 ジャンボ旅客機が羽田空港を飛び立ってまもなく、エンジンが故障したので、Uターンして、滑走路に緊急着陸する。ところが、パイロットと乗客は、それより前に、全員が青酸ガスで死んでいたのである。では、誰がジャンボ機を操縦して着陸したのか。大空の密室大量殺人の謎は。


 藤原宰太郎『乗り物トリック』(廣済堂 豆たぬきの本)でこの紹介文を読んだとき、物凄くワクワクしたものである。一体どんな大がかりなトリックを使ったのか。どんな名探偵がこの謎を解いてくれるのか。
 しかし、実際に読むと、名探偵が出てくるような本格ミステリではなかったのである。この作品は。

 主人公は、元新聞記者、今はフリーのルポライターで、かつ劇画家の原作もやっている貴島弦一。元々航空工学を専攻しており、新聞記者時代はベテランの航空記者として活躍していた。この日、貴島はペアを組んでいる劇画家の和泉やすしが沖縄に出掛けるというので見送るためと、新しく連載するための劇画の取材のために、和泉のチーフ・アシスタントである玉野と、和泉の編集担当である重信とともに羽田空港に来ていた。ところがちょうど、極東航空のジャンボ七〇五号に異変が生じていた。出発したはいいが、エンジンの一つがおかしくなって緊急着陸を求めてきたのだ。幸い、エンジンの消火に成功し、緊急着陸を始めた。ところが、管制塔からの連絡に一切応答しなくなった。着陸灯も点灯しない。着陸こそは成功したが、ブレーキを踏む気配もない。自然に減速しながら、突き当たりのフェンス2m手前でようやく停止した。ジャンボの中では全員が死亡していた。コクピット・クルー3名、スチュワーデス8名、乗客71名全員である。しかも、その飛行機には和泉やすしが乗っていたのだ。その時レーダー室に勤務していた黒木と新聞記者時代に知り合いだった貴島は、黒木を買収し、警察との取り調べに同席することに成功した。もちろん特ダネである。主に記事を書いている「週刊近代」に原稿を書き、雑誌は二割増しで刷ることになった。そして臨時特集班のアンカーを担当することになり、かつての航空記者のキャリアを活かして具体的な指示、意見を出すことになった。
 彼は事件を追う一方、当初予定していた新連載劇画の原作も始めた。画の方はチーフ・アシスタントであった玉野が担当することになった。玉野の絵は和泉にそっくりだった。編集部内でも好評で、十分まかせることが出来そうだった。
 事件を追い続ける貴島であったが、実は彼にも容疑がかかっていた。死亡した乗客の中に、人気歌手の汀ちどりがいたが、彼女はかつての貴島の恋人であり、売り出しに一役買っていたのだ。彼は容疑者の一人として、警察にマークされながらも、真相に迫っていく。


 不可能トリックを前面に押し出した本格推理小説ではある。一歩一歩真相に迫るその姿には迫力が感じられる。しかし、トリックだけの推理小説ではない。この推理小説にはもう一つのテーマがあった。それは劇画界の内幕である。作者はかつて「ちかいの魔球」「黒い秘密兵器」などのヒット作を生み出しており、漫画原作者として有名な存在でもある。だからこそ、劇画界の内幕には詳しい。当時の劇画界の、ある意味での残酷さを生き生きと描いている。そして貴島はトリックの解明とともに、犯人の悲しい事実を突き止める。
 小説はトリックだけではない。例え奇抜なトリックを考え出しても、それだけで小説は成り立たない。そこには被害者が存在し、そして犯人が存在する。そしてもう一人、追うものも存在する。被害者と犯人、追うものには当然ドラマがある。それぞれの人生がある。
 この『謎の巨人機』は、不可能トリックだけの小説ではない。しかも、そのトリックはあまりにも機械的すぎ、飛行機の構造を知らないものにとっては理解することすら難しいかも知れない。しかし、作者はそこに主眼を置いているわけではない。この小説は、犯人を追う貴島のための小説であり、そして悲しい動機を持つ犯人のための小説であり、そして貴島や犯人を取り巻く人たちのための人生模様を書いた小説である。トリックだけでは推理小説は成り立たない。


 福本和也は、日本における航空ミステリの開拓者であり、なおかつ第一人者である。戦時中は甲種予科練の二飛曹として操縦を取得。戦後は業界新聞に勤務する傍ら、漫画原作の方を手がける。その後再び飛行機の操縦を学び、日大理工学部航空部の教官として後進の指導を続けた。
 1963年、産業推理小説『啜り泣く石』を発表。以後、航空ミステリを中心に活躍する。

 

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