第3回 高木彬光『破戒裁判』

 高木彬光は凄い作家だと思う。各ジャンルのミステリで代表作といえる作品を書いているからだ。例えば、

 本格長編:『人形はなぜ殺される』『刺青殺人事件』
 本格短編:『妖婦の宿』『わが一高時代の犯罪』
 歴史ミステリ:『成吉恩汁の秘密』
 経済ミステリ:『人蟻』
 誘拐ミステリ:『誘拐』
 犯罪小説:『白昼の死角』

などなど。ここに挙げた作品のシリーズ探偵神津恭介や弁護士百谷泉一郎の他にも、近松茂道検事、霧島三郎検事、私立探偵大前田英五郎、謎の名探偵墨野隴人といったキャラクターを生みだし、 架空戦記小説『連合艦隊ついに勝つ』、犯罪実話小説『神曲地獄変』、SF小説『ハスキル人』、他にも時代小説、捕物帖、少年物など様々なジャンルの小説を書いている。様々なジャンルを書く作家は多いけれど、そのジャンルの代表作といえる作品を何作も書ける作家はごくわずかだ。
 そんな高木彬光は、法廷小説でも傑作といえる小説を残している。それが『破戒法廷』である。

 事件は簡単だった。少なくとも検察側から見れば。被告は元俳優。小豆相場で一儲けをし、いまは陰徳者の生活をしている。罪状は二人の殺人と死体遺棄である。殺されたのは、被告のかつての劇団仲間で、かつ被告の不倫相手である元女優の夫。そして不倫相手の元女優である。直接証拠こそわずかなれど、状況的には被告にとても不利だった。しかし、被告は叫ぶ。「私は無罪である」と。
 検察側の尋問が進み、状況は被告にますます厳しくなる。天野検事は被告をどんどんと追いつめていく。しかし、百谷弁護士はいっこうに反対尋問を行わない。弁護側が喚んだ証人尋問でも状況は好転しない。そして百谷弁護士は、いよいよ被告本人に尋問を行う。

 舞台は法廷だけである。検察側、そして弁護側の尋問が延々と繰り返されるだけだ。しかし、法廷にはドラマがある。愛から憎悪まで、全ての心情が吐露される。いくつもの人生が走馬燈のように駆けめぐる。尋問を繰り返す毎に、追いつめられる被告。そして百谷弁護士からの尋問に、ついに暴露する、ある真実。『破戒裁判』とはよく付けたものだ。このタイトルに、秘密の一つが隠されている。
 この小説にはいくつもの「愛」の姿が描かれる。いくつもの「女」の姿が描かれる。この小説は、実は恋愛小説でもあった。裁判で最後に質問する被告。その場では答えは出なかった。しかし、最後の最後に、高木彬光は答えを出す。その答えは、みなさんで確かめてもらいたい。

 法廷の臨場感でいえば、もっと傑作があるかも知れない。しかし、この小説で書かれたドラマは、法廷小説であったからこそ光るものであり、読者の心を揺さぶるのである。そしてこの小説は、法廷小説の傑作として、今後も語り継がれるに違いない。


<蛇足1>
 百谷弁護士vs天野検事という図式は『法廷の魔女』という作品で再び試みられる。

<蛇足2>
 被告が裁判の最後で発する質問は、『都会の狼』という作品でも再び発せられる。よほどこの質問が好きらしい。

 

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